旅立ったくぅちゃんへ

『旅立ったくうちゃんへ』

「そらノート」初めての投稿です

昨年12月22日で亡くなって1年目の
最愛なるくぅへ向けて書いた時のを
ここでかかせてもらうことにかしました。

同じようにペットを亡くされた方、御家族を無くされた方の目に留まり、気持ち救われることがあるならば幸いです。

くぅ、お母さん一年ぶりにくうの事を書きますね。

くうちゃん、もうどこかで、先に旅立ったお姉ちゃんワンコの姫ちゃん
そして、くぅの数ヶ月後に旅立った妹のミルクちゃん、先輩ワンコのハナとミクに逢えましたか?

今はどこかで新たな命として生まれてきてくれてますか?

昨年のこの日、我が子息子と娘が同時に4年前に結婚して私の元から離れ
ずっとずっと寂しくて、その後を
ずっとずっと私に寄り添い、具合悪い時も、父ちゃんに色々言われて参ってた時も、いろんな事で

寂しい時、辛い時貴女がお母さんの気持ちを沢山、沢山救ってくれましたね。

一緒に春は桜の花ビラが大好きで
秋は紅葉の枯葉はわきを邪魔してくれて、一緒にコスモス見に行ったね
くうちゃんが居なくなった夜
ずっとずっと我慢してたお父さんが
突然車の中で子供の様に号泣したのをお母さんは忘れられません。

声を立てて号泣してたお父さんは
次の日高熱を出してました。
こんな経験初めてのお父さんだった

この1年間くうちゃん寂しくないようにってお父さんが、皆が集まるお座敷のお縁の傍に埋葬してくれたけど
お母さん達の大切な人達が来なくなりました。

くうちゃんの大好きだったお姉ちゃん、おばぁちゃん達は
時々来てくれるけど
くうちゃんをお母さんに託してくれた人達は来なくなった。
くうちゃんが逢えると喜ぶ人達が
何人も来なくなってしまった。

お母さんの姪っ子の所へも…
ごめんね…お母さんは、おばちゃんはずっとずっと
皆の笑い声が聞きたかった
ただただ本当にそれだけで
幸せだった。
ちゃんと病と向き合い生きてこれた
でも離れていかれてしまった。

くうちゃんと短い間だったけど
沢山の思い出と、激痩せし、失明してしまい、自分が苦しいのに
最後まで必死に
生きる姿を学ばせてくれた月日は
忘れないよ。

まだまだ思い出すと涙が止まりません、お母さん弱いね…

だけど少しずつくうちゃんとの思い出の事や場所がちゃんと楽しめる
お母さんになります。

癌になって、我が子が成人式を迎え
結婚して親になり、その子供たち孫達を囲み、姉妹、兄弟、家族皆が集まる場所であればとそれだけを願い辛い闘病生活と向き合えたのも
くうちゃん居てくれたから
そして皆の支えてくれる気持ちがあったから、ここまで生きてこれた

そして…お母さんの望む皆でま笑い合いたい。
けど…今まで人を憎むことをしてこなかったお母さんだけど…
悔しくて前に進めない事が一つだけあります。
こんなお母さんを許してね。

くうちゃんとお母さんが大好きなお花を今日一つだけ買ってきたよ
それをできるだけ沢山の花が
次々と咲くように育てるね。

くうちゃん本当にお母さんに色んな大切な事を教えてくれて本当に
ありがとう

今は、家とお仕事、病院ばかりだけど職場の皆が笑わせて下さるから
それがお母さんの唯一の日々の
笑える一時です。

お母さん頑張るからお空から見守っててね。

令和元年12月22日
1年目のくうちゃんの命日へ

お母さんより。

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