7年間傍にいてくれた、物言わぬ大切な家族

ピーちゃんが我が家に来てくれたのは、私が中学2年の頃。妹が飼いたいと言って、それから我が家の家族の一員になった、生後3ヶ月のウサギと過ごしたお話。

中学2年の当時の私は、不登校で学校にも行かず、家で過ごすことが多かった。ピーちゃんが来てくれるまでは本当に孤独でした。テレビとゲームしかしてなかった毎日に、彩を付けてくれたのがピーちゃんでした。来たばかりの当初は、ケージの上から布を掛けて、これからの生活環境に慣れてもらうよう、静かに過ごせるようにしてました。エサやりとお水を変える時だけケージを開けて、熱中症にならないように、クーラーは常に付けてました。暑い夏の日でした。

最初にピーちゃんに触ったのは、妹と母が、ピーちゃんと戯れてる時に触りました。とってもフワフワで、小さくて、儚くて、過去に飼っていたウサギを思い出しました。ピーターラビットが好きで、当時のウサギもピーちゃんと名付けてました。「ピーちゃんがいい」と私が言うと、名付けたがってた妹はしぶしぶ折れてくれました。

昼ドラが始まる前や、ピーちゃんがリラックスして横になってる時によく、ケージの前に寝そべって、いっぱいお話してました。1ヶ月くらい毎日話かけ続けていると、私の声に耳を傾けてくれるのがよく分かりました。少しずつ、心を開いてくれているような感じがして、とても嬉しかった。

中学生の私は、とにかく自分の存在意義を見いだせなくて、毎日のようにリストカットしたり、飛び降りて自殺できるかなと考えることが増えました。未遂はしましたが、命を断つことはできませんでした。「私がいなくなったら、ピーちゃんはどうするの?」と自問自答することが増え、学校代わりに行っていたところで辛いことがあっても、ピーちゃんの存在のおかげで、耐えることができました。

私も高校生になり、部活動も始め、忙しい時間が増えました。田舎に帰る時もたまにあり、その時は動物病院のホテルを利用してました。ホテルでは、ご飯をほとんど食べてなかったみたいです。「お姉ちゃんに見捨てられた…」というショックから、食べる事ができなくなってしまうということが何度もあり、お迎えに行くたびに、ビタミン剤の点滴をしてから帰ることがありました。

ピーちゃんはよく自分の体の毛をむしったり、干し草をケージの床に敷き詰めたりしてました。飼っていたウサギはピーちゃんだけなので、妊娠はしてません。調べると偽妊娠の時の行動と一致していたので、その時は何にも思いませんでした。攻撃的になってるだろうから、噛まれないようにしないと、くらいにしか思ってませんでした。

亡くなる1年ほど前に、ピーちゃんがほとんど動かなくなる日があり、動物病院に受診しました。その時は点滴を打ってもらい、先生に「全部調べるには血を調べる必要がある」と言われ、料金はどのくらいかを聞くと5000円くらいだと言うので、そんなお金は、今はないな…と、血を調べてもらうことはできませんでした。

この時、ちゃんと調べてもらったら、ピーちゃんはもっと長生きできたかもしれないのに…。

その時かどうかは忘れましたが、足の裏の毛が抜けている事に気づき、塗り薬を出してもらったのと、「ケージが汚れて不潔になっていても、毛は抜けてしまうから、常に綺麗にしておいて下さいね」と、先生に言われました。その日から毎晩、ピーちゃんのケージのフンを掃除し、お出かけ用のカゴに入ってもらい、ケージの床をしっかり除菌シートで拭いて、ダニやノミが近づかないように、廊下も除菌シートでホコリが堪らないように毎晩拭いてました。

本当に、綺麗にしてました。ピーちゃんのためなら、多少の無理はできました。

「ピーちゃん、おねーちゃんだよー」と言うと、私の声に反応して、ケージに足を掛けてくれる、あの光景が今でも忘れられません。ケージの天井の部分が開くようになっていたので、鼻先でCalc浮かせるようにして「お姉ちゃん、ここから出して」と言っているかのようでした。

時々ですが、私の部屋やベッドで遊びせてた時は、楽しそうに動き回ってたなぁー。私が足の上に乗せると、リラックスしたように体を伸ばすピーちゃん。頭を撫でてそのままお腹を触られるのが好きだったね。亡くなる1集荷くらい前のこと。

そして…この日は暑い夏の日でした。朝からピクリとも動かず、私が、学校に行く前も帰ってきた時も同じ姿勢、エサも水も口を付けてませんでした。母が戻ると、すぐに病院に連れて行き、血液検査をしました。結果は貧血。常に発情状態にあったので、体の血液が子宮に集まり、他の臓器に血液が行き渡りにくくなっている状態が、長く続いたとのことでした。

通常、ヘモグロビンが35~38程ないといけないのが、6しかなく、何かするにしてもピーちゃんの体力が持たない状態でした。ビタミン剤だけ打ってもらい、家に帰りました。その日の夜は眠たかったけど、寝てるうちに亡くなってしまうんじゃないかと、怖くなり、一睡もできませんでした。その代わり、ずーっと朝まで、ピーちゃんの冷たくなっていく足や体を擦りながら、思い出を話続けてました。優しい目をして、私を見てくれてたことをよく覚えてます。たまにですが、「ブーブー」と、鼻を鳴らして鳴いてくれることがあります。嬉しかったりすると、ブーブーと鳴くそうです。私にはピーちゃんが、「ありがとう、おねーちゃん」と言っているように聞こえました。その晩は、何度「ピーちゃん、おねーちゃんだよー」と言ったことか分かりません。

とうとう朝が来ました。土曜日の暑い晴れた日でした。少しだけ体を動かす様子があったので、今しかないと思い、ピーちゃんを抱き上げました。「ここまで脱力するのか」というくらい、力も抜けきってしまい、息をするのもやっとの状態でした。それでも安心したかのように、短い時間抱っこさせてくれました。あんまり抱っこするのも可哀想と思い、ケージに戻した瞬間、横になったまま、苦しそうにケージの中をガタガタ言わせながら、1周半ほど回った後、口をパクパクさせて、私と妹に見守られながら、天国へ旅立ちました。

何も口にすることができませんでしたが、せめて最期くらいはと思い、前もって切っていたりんごを、口をパクパクさせているときに、少しだけカジってもらいました。りんごも好きだったもんね。りんごの味分かったかな…。

泣いて泣いて泣いて、これ以上ないくらいに泣いた後に、1番綺麗な白いタオルに包んで、動物病院に行き、専用の箱に入れてもらいました。最後までピーちゃんの背中や頭を撫で続けてました。頭の毛もたくさん撫でていたので、毛の色が少し濃く見えるところもありました。霊園
の人が来てくれます。ピーちゃんの入った箱を、お願いしますと言い、渡しました。ピーちゃんの亡骸を乗せた車は、あっという間に 見えなくなりました。

それからというもの、ピーちゃんのいないケージに毎日エサと瑞をやり、好きだったおやつも入れてました。私の
断りもなく勝手に、ピーちゃんのケージを「いないから」という理由で処分しようとした親には腹が立ちましたが、私が前に進むためと思ってのことだと思うので、キツく怒れませんでした。

「エサ入れとお水入れは捨てないで」とお願いしたので、この2つは、捨てられてません。

ピーちゃんをお見送りした次の日の朝、枕元にピーちゃんの匂いがしました。いつもみたいに、落ち着いてる時のように、穏やかな顔をして座っている姿が目に浮かびます。ピーちゃんが来たかなと思い目を開けると、そこには何もいません。何もいないはずなのに、ピーちゃんの姿が見えたような気がします。

お姉ちゃん大好き。

そう言っていたような気さえします。あれ以来、ピーちゃんの匂いはしなくなりました。ちゃんと天国に行けたのか、今私にも家族が増えて、娘も授かりました。とても優しい娘です。
ピーちゃんの生まれ変わりじゃないかという、錯覚さえします。本当に生まれ変わりかもしれません。

それは、娘の魂のみぞ知ることですが。
私自身、霊感が強いので、何か感じると直感的になることがあります。ピーちゃんの匂いを感じた時も、そうでした。天国では元気に過ごしているか、ちゃんとご飯は食べているか、もし天国にいなければ、娘として今一緒に過ごしているか、分からないけど、ずっと変わらず、傍にいてくれているといいな…。

ありがとうピーちゃん。
おねーちゃんの傍にいてくれて。

ピーちゃん、おねーちゃんだよー。
ピーちゃんのことが、大好きだよー。
だから、寂しくなったら、
いつでも会いにおいでね。

おねーちゃんより。

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