私に隠れて天国に行ったあなたへ

2019の元旦、信じられない事が起こりました。
親しい友だちから「共通の友達から年賀状が来ていない。とてもマメな人だから、絶対に年賀状が来ていないのはおかしいからLineしたら既読にならない。気になったから家に電話したら、半年前に亡くなっていた。信じられない」とLineが来ました。
共通の友達と私は親友というよりも、むしろ姉妹のように30年間を過ごして来た間柄です。
会うときは週に一度は会い、会わない時は1年程会わなくても毎日のように会っているように30年間過ごして来ました。

突然の訃報に頭が真っ白になり、涙も出ませんでした。
電話するような力もなくなってしまい、心が少し落ち着くのを待って親友のお母さんに手紙を書きました。

お母さんからすぐにお返事が届きました。
親友は、余命1ヶ月になるまで大腸がんを家族にも隠していたこと、余命1ヶ月で大きな病院に入院する時も家族に「旅行に行く」と嘘を付き、入院に当たり保証人欄や身元引受欄の記入で困りお母さんにやっと真実を話したものの、「誰も悲しませたくないから、病気の事は絶対に誰にも言わないで。死んでも誰にも言わないで」と、最期まで言い続けていた事、お母さんが真実を知り大泣きしても「お母さん、泣かないでいいよ」とお母さんを励ましていたこと、「もう一度でいいから、私と旅行したかった」「私のような人間になるのが夢だった」と私の事をベッドの上で話していたことが書かれていました。
お母さんは親友が天国に行ってから、友達たちには知らせたい思いがあったものの親友のスマートフォンを操作できず、誰にも知らせる事ができなかったし、本人の要望で訃報欄に名前を載せることもしなかったそうです。

親友は会社の人にも病気や余命を伏せていたので、亡くなる1ヶ月前まで普通に通勤し、隠れて1人で病院に行き抗がん剤を打っていたそうです。
会社も長年勤務した親友が急に辞める事になり、慌てて次の人を探したものの、引き継ぎができず、結局、親友が亡くなる1週間前まで電話で引き継ぎをしたそうです。

私よりも年下の親友で、人の悪口を決して言わず、いつもニコニコ、待ち合わせにはいつも早めに到着して私を待っていました。
私達は共に兄弟や子供がいない事から同じ老人施設に入り、美味しい物を沢山食べてお茶を飲んで最期を迎えようと約束していました。

それなのに、どうして最期の時を知らせてくれなかったのかと今でも胸が痛み、親友は食べることが何よりも好きだったので親友の好きな食べ物を見ると悲しくなってしまいます。
どんなに弱った姿でもいいから、寄り添ってあげたかったです。
闘病の期間、Lineしても何も病気の事に触れず気丈にいつもどおりのやり取りをしましたが、なんで会わなかったのか後悔だけが残ります。
今もとても心残りであり、辛く悲しいです。
楽しみにしていた老後の計画もなくなり、途方に暮れています。

しかし、彼女が亡くなってから死ぬことが怖くなくなりました。
私が死んだら、きっと彼女が待っていていれると信じて、彼女の代わりにしっかり生き、美味しいものを食べ、心の中で語りかけて過ごしています。

何よりも出会って30年を過ごし、色んな経験を共有し、いつもポジティブに接してくれた親友に感謝しています。
これからもずっと彼女を忘れず感謝して生きて行こうと思います。

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