恋人の誕生日、小さな家族が亡くなりました

10月19日
「幸ちゃんが苦しそうにしている」
という母の連絡で急いで帰宅。
既に病院に連れて行き、
急を要する入院は必要ないとのことで
強い薬を処方してもらい、様子をみることに。

10月22日
大切な恋人の誕生日
誕生日デートで横浜へ。
この日、幸ちゃんが元気に駆け回っている夢を見た。
まだ苦しそうな姿に不安はあったものの
「きっと大丈夫」そう思い、
「先生によくしてもらうんだよ」と
簡単に挨拶を済まして家を出た。

日が沈む頃、容体が急変。
母親から電話。
「幸ちゃんがもう、危ない」
父と姉も立ち合っていると言う。

地元まで1時間弱。
「もう間に合わない」
「信じられない。信じたくない」
初めてサプライズケーキを予約した
落ち着いた雰囲気の素敵なレストラン。
トイレで一人、パニックになる私。
「彼に全てを話し帰ろう」
グチャグチャな思考回路の中で決めました。
しかし、
彼の子供のように嬉しそうな笑顔を見ると
言えなかったのです。
彼の誕生日を家族の命日にしたくなかった。私にとっても彼にとっても。
そして、彼を大好きな幸ちゃんにとっても。
せめて彼には笑顔で誕生日を過ごしてもらいたい。私ができることをしよう、そう決めました。

そして、この日の19時頃
幸ちゃんは、14歳のかけがえのない家族は、天国へ旅立ちました。
何も知らない彼は
「幸せな誕生日だった。ありがとう」
と、喜んでくれました。嬉しかった。
私は色々な意味で全てを終えた、と思いました。

私は私を責め続けました。
大丈夫だと決めつけ家を出た私も、
結局、彼を優先した私も、
泣くばかり後悔ばかりの私も、
全て、許せませんでした。

告別式の帰り、
私は大きな虹を見たのです。
あ、虹!喉元まで声が出かけました。
しかしその日はシトシトと雨が降っては止み、
一日中、日が刺すことはなかったので
虹が出るはずもないのです。
泣き過ぎて目が疲れていたのでしょう、
目を凝らすとなくなってしまったので
「どうしてこんな日に」
と皮肉に思い、家族に話しませんでした。

そしてこの数日後、
悲しみに暮れる私を励ましてくれた知り合いによって、私は『虹の橋』の詩を知ったのです。
悲しみと自己嫌悪でかき消された、
あの日の虹を思い出した時に、
涙が溢れました。
「幸ちゃんが見せてくれたんだ」と。

家族の話によると
幸ちゃんは酸素室の中で懸命に闘い、
先生に何度も蘇生してもらい
一時はご飯も一口、二口食べたと言います。
そして、肺水腫による呼吸困難
声が出せるはずもない状況で
最期の瞬間に一度だけ、
「ワン!」と大きく、大きく、
鳴いたそうです。
母は「ありがとうって言ったんじゃないかな」そう言いました。

1ヶ月弱経った今でも、心が不安定で、
一人になるとボロボロ泣いてしまいますし
自分を責めることもしょっちゅうです。

しかし、幸ちゃんは夢に何度も現れてくれます。
どんな時でも私が泣いていれば
「どうしたの?大丈夫?」と
心配し、寄り添ってくれる優しい心なのです。

私は生涯、あの虹を忘れることはありません。
これからも私にできる何かを探して、
幸ちゃんのように強く、優しい人間になることを目標に生きていかなければならないと思っています。

早く、幸ちゃんに会いたいです。

幸ちゃん、泣いてばかりでごめんね。
今まで本当にありがとう。
一生、大切な家族だよ。

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